映画の中の人生 ~50歳からの人生設計~

人生に迷えるアラフィフ女性が、映画を通して人生について考える。ネタバレなしの映画レビューサイト。

女の子ものがたり(2009)

夢中”に生きることを思い出させてくれる
切なくも、まぶしい友だちとの思い出

郷愁と毒気が入り交じった独特のタッチで、人生の機微を描く人気漫画家・西原理恵子の自叙伝的コミックの映画化です。

田舎に暮らす貧乏な3人の女の子が悲惨な境遇を笑い飛ばしながら、未来を信じて明るく生きる姿を優しく見つめた作品は、ベストセラーとなりました。

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【ストーリー】
36歳の漫画家の高原菜都美(深津絵里)はスランプ気味で、昼間からビールを飲み、たらいで入浴するなど、体たらくな生活を送っていました。すると、新米編集者の財前(福士誠治)からキツイ一言を言われてしまいます。「先生、友だちいないでしょう……?」。
そんな菜都美が思い出したのは、子どもの頃、海と山の見える小さな田舎町でいっしょに過ごした、親友のきいちゃんとみいちゃんのことでした。
うまく行かない現実を送る菜津美は、苦しくとも夢中で生きていた少女時代に思いを馳せます。

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映画版では、漫画家になった女の子、菜津美の現在と、彼女が2人の親友たちと過ごした少女時代の出来事を交錯させながら、物語が展開します。

大人になった菜津美は映画オリジナルのキャラクターなのですが、大人になった西原さんの分身的存在と言います。大人の菜津美を演じたのは、深津絵里。現在、NHKの朝ドラ『カムカム・エブリバディ』の3人のヒロインの1人、るい役の巧みな演技で、久々に注目を集めていますが、本作での、西原氏をベースにした、ユーモラスで味のある演技も秀逸です。

映画の中心になるのは、女の子たちの思春期のエピソード。菜津美と親友のきみこ、みさの3人はさまざまな人々と出会い、経験を重ねながら大人へと成長していきます。

菜津美の小学生時代は、実写ドラマ『ちびまる子ちゃん』のまるこ役が話題を呼んだ森迫永衣、高校時代はハリウッド映画『SAYURI』に出演した大後美寿々が演じています。そして、高校時代のきみこ役を、ブレイク前の波瑠が演じていて驚かされます。

3人の若手女優たちが少女時代をはつらつと演じていて、素晴らしいです! 「人生とは思い通りにいかないもの」と分かっていても、生まれた境遇がそれぞれの生き方に影響し、明暗分かれる女の子たちの姿に胸が詰まります。

幼いころに過ごした友だちとの思い出にふけるうちに、菜都美の心が徐々に変化し始めます。

笑いと涙の人間賛歌――西原理恵子流の味わい深い世界観が見事に再現されています。


女の子ものがたり


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グッド・モーニング・プレジデント(2009)

悩める韓国大統領の愛すべき素顔
今観ると、ちょっぴり皮肉なハートフルドラマ

本作は今から13年前の2009年に製作された映画です。当時の日本では、2003年に日本で放送開始された『冬のソナタ』から始まった爆発的な韓流ドラマブームは落ち着いていましたが、2010年にKARAや少女時代が日本デビューして、K-POPブームが始まります。

そんなまだまだ韓流ブームが盛り上がっていた頃に登場した本作品。昨今の韓国内の政治状況や、日韓関係をふまえると、当時は良い時代だったんだな、と思えます。

「大統領がこんなにいい人だったら……」。夢と愛に溢れた3人の大統領の物語です。

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【ストーリー】
1人目の大統領キム・ジュンホ(イ・スンジェ)はイベントでロトくじを購入し、当選した際には全額寄付すると宣言します。ところが、奇跡的にくじが当たり、大金を手にすることになった大統領は思い悩みます。当選を公表するべきか、それとも黙って当選金を自分の懐に入れてしまうか……。
2人目の大統領チャ・ジウク(チャン・ドンゴン)は若きカリスマ大統領。男手一つで育てる5歳の息子に誇れる人間になるよう懸命に政務に励んでいます。そんなジウクが市内視察のイベント会場で若い男に襲われてしまいます。
男は病気の父親のためにジウクに臓器提供を求めます。大統領として、国民の願いを聞き入れるべきなのか、ジウクは思い悩みます。
3人目の大統領ハン・ギョンジャ(コ・ドゥシム)は念願かなって韓国初の女性大統領に就任しました。
しかし、政務を最優先にするハンは、家族思いの夫チャンミョン(イム・ハンリョン)との溝を深めていきます。そんななか、チャンミョンの不注意が原因でハンの支持率が低下。責任を感じたチャンミョンはハンに離婚を切り出します。夫婦の危機に直面したハンは思い悩みます。

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大統領であるために生まれた、私的な問題に悩む大統領たちの素顔が描かれます。

大統領の人間としての良心を問うような皮肉めいたテーマが根底に流れますが、3人ともこの問いかけを鮮やかにクリアしていきます。

映画の語り口は実に穏やかで、微笑ましいユーモアが満載され、心温まるヒューマンドラマに仕上がっています。

“愛すべき大統領”という夢のような存在が違和感なく受け入れられるのは、魅力的な韓国人俳優たちの妙演の賜物でしょう。韓国の国民的俳優イ・スンジェがロトくじ一人占めの誘惑にかられるキム大統領をコミカルに演じています。そして、4年ぶりの映画主演となったチャン・ドンゴンは爽やかで人間味溢れる青年大統領がよく似合います。3人の大統領を始め、彼らの家族や側近たちも味があります。

監督・脚本は大ヒット韓国映画トンマッコルへようこそ』(’06年)のチャン・ジン。『トンマッコル~』で北朝鮮と韓国兵士の交流を実現させた監督は政治に希望を持っている人なのでしょう。

彼の熱意がこの映画を通し、政治不信の日本の人々、また問題ある政治家たちにも広まることを切に願います。


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鬼畜(1978年)

名優・緒形拳が“鬼畜”の父親を力演
衝撃的な展開が心を揺さぶる昭和の名作

松本清張原作の短編小説を名匠・野村芳太郎監督が映画化。妾に産ませた3人の実子たちに手をかけていく父親の姿を描いた、昭和の名作サスペンス映画です。

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【ストーリー】
とある地方で、32才の竹中宗吉(緒形拳)は妻・お梅(岩下志麻)とともに小さな印刷所を営んでいました。2人に子どもはいませんでしたが、ある日、宗吉が妾にしていた小料理屋の女中・菊代(小川真由美)が3人の子どもたちを連れて、2人の前に現れます。稼業が傾いた宗吉は、菊代に送金できなくなってしまい、これに怒った菊代が真相をばらしに来たのです。
そして、翌朝、菊代は3人の子どもたちを残して、姿を消してしまいます。怒り心頭のお梅は、宗吉に子どもたちを何とかするよう迫ります。

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タイトルを聞いただけで、怖くて引いてしまうような映画を、私は小学校2年生の時、母に連れられ、映画館のロードショーで観ました。これまた昭和の名作『砂の器』との2本立て、という、今、考えるととても贅沢なラインアップなのですが、小学校2年生には早すぎます(;^_^A。

ここからは小学校2年生の記憶なのですが、まず始めに3人兄妹の末弟の赤ちゃんが怒ったお梅に、お醤油ご飯を大量に詰め込まれ、死んでしまいます。その後、真ん中の女の子が宗吉と東京タワーへ行き、置きざりにされてしまいます。最後、一番上のお兄ちゃんが宗吉に連れられ、崖へ行き、突き落とされてしまいます。

末弟をきつく叱るお梅、そして、頼りなげな宗吉がおろおろしつつも、お梅の言うがまま、じりじりと子どもたちを追い詰め、“鬼畜”になっていく過程の怖いこと! 末弟の死因だけ記憶と違うのですが(お醤油ご飯て?!)、小学校2年生の割には、映画のさまざまなシーンをかなりはっきり覚えており、「お母さんは私になぜこんな映画を観せるのか」と、しばらく疑心暗鬼になった記憶があります(;^_^A。

大人になってから、“あの子どもたちが酷い目にあう怖い映画は何だったのだろう”と思い、覚えているストーリーを頼りに調べてみると、 “鬼畜”夫婦を緒形拳岩下志麻が演じていたので驚きました。緒形拳は本作で第2回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。

テーマの重さや、名優たちの鬼気迫る演技、フィルム特有の陰影の深い映像、さらに裸電球やちゃぶ台など昭和の倹しさを感じさせる舞台設定など、気持ちが沈むような要素が多く、もう一度本作を観る勇気はまだありません。

ただ、怖いばかりではなく、ラストは意外な展開が待ち受けているようです。

親子関係が歪み、子どもたちの哀しいニュースが急激に増えた現代、本作は反面教師になるのではないでしょうか。本作の悲惨な光景を観て、自己中心的な大人たちが心を改めることを願っています。

なお、平成になり、『鬼畜』は2度テレビドラマ化され、それぞれ父親役をビートたけし玉木宏が演じているようです。


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イーオン・フラッグス(2005)

シャーリーズ・セロンがしなやかに戦う
女性の視点で描かれた新アクションヒロイン

近未来の女性革命戦士イーオン・フラッグスの活躍を描いたMTVの同名アニメシリーズは、『アニマトリックス』(’03年)の監督としても知られるピーター・チョンが1995年に製作し、本国アメリカでは、カルト的人気を得た作品でした。

しかし、『モンスター』(’03年)で念願のアカデミー主演女優賞に輝いたシャーリーズ・セロン初のアクションヒロインを演じるとあって、メジャー大作に大変身しました。

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【ストーリー】
時は西暦2045年、人類の99%がウィルスによって死滅してから400年後の未来。生き残った500万人の人間は汚染された外界と壁で隔てられた都市ブレーニャで暮らしていました。そこは一見、病気も戦争もない平穏なコミュニティーのようでしたが、人々は政府の圧制に苦しめられていました。
非情な政府に立ち向かう反政府組織モニカンの女性戦士イーオン(シャーリーズ・セロン)は、唯一の肉親である妹を政府に殺された復讐のため、君主トレバー(マートン・チョーカシュ)の暗殺に挑みます。

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チャーリーズ・エンジェル』(’00年)、『トゥーム・レイダー』(‘01年)、『バイオハザード』(’02年)など、2000年代前半、女性的魅力と強さを兼ね備えたアクションヒロインが次々に生まれたことにより、アクション映画に女性の観客が増えたそうです。

サイボーグかと見まがうくらい完璧な容姿のセロンを要した本作も、女性をメインターゲットにした作品なのでしょう。桜が舞い散る中での戦いや、体操選手を思わせるしなやかな動きなど、和風テイストの自然美や風流、優雅さを意識したアクションは男性には物足りないはずだから。

興行的には成功し、続編が作られた作品もありましたが、アクションヒロイン映画は内容よりも有名女優がアクションを演じる意外性だけが興味の対象になっているようでした。

本作については、MTVのアニメが原作という点で、ストーリーに工夫を凝らす作品でないのは納得できますし、その分、美しくてセクシーなセロンを含めた、ビジュアルで魅せようという方向性も分かるのですが、近未来感を表現するあまりの、滑稽な設定が目立ち、ラジー賞総なめの『キャット・ウーマン』(’04年)の再来といった感がありました。『キャット・ウーマン』の主演も、『チョコレート』(‘01年)でオスカーを獲得したばかりのハル・ベリーでした。

監督は、アメコミ映画には珍しい女性監督カリン・クサマ。イーオンの相棒となる、2本の足を手に改造したシサンドラという女性キャラクターも独特の味わいを出して頑張っています。

露出度満点の寝巻きまで身に付けたセロンとともに、アクション映画製作という男の牙城に新風を吹き込もうと試みた女性たちの意欲作ではありましたが……。


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イン・ハー・シューズ(2005)

コンプレックスと向き合う姉妹の姿を
優しく見つめる出色のヒューマンドラマ

正反対の個性ゆえに衝突ばかりの姉妹が、絆を再生するまでの物語です。

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【ストーリー】
弁護士だが外見に自信のない姉ローズ(トニ・コレット)。美人だが失読症で定職に就けない妹マギー(キャメロン・ディアス)。
やけくそ気味にローズを振り回したマギーは挙句の果てにローズの恋人と浮気してしまい、それを知ったローズはマギーと絶縁してしまいます。

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マギー役のキャメロン・ディアス、ローズ役のトニ・コレットはともに適役で、絶縁までの前半部でどっぷり感情移入させられます。

自分にないものを持つ他者への羨望、嫉妬、不甲斐ない自分自身への焦り、虚しさなど、自分の欠点に真摯に向き合っている人なら痛いほど共感できるはずです。

この後、マギーは疎遠だった祖母エラ(シャーリー・マクレーン)を頼って老人ホームで暮らしはじめ、ローズは弁護士を辞めて、自分を見つめ直すことにします。

初体験の出来事を通して、自らのコンプレックスを克服した姉妹が互いの大切さに気づく過程を優しく見つめる出色のヒューマンドラマです。

タイトルの『イン・ハー・シューズ』とは、“彼女の立場になって”という意味。相手のことを考える“思いやりの心”を持っているか? 誰もが今一度、自分に問いかけてみれば、もっと良い世の中になるのではないでしょうか( ´艸`)


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エネミー・ライン(2001)

和平の見えない世界情勢を風刺した
ユニークなハリウッド的戦争映画

数多あるハリウッド製戦争映画に眉をひそめたくなるのは、悲劇的な史実をエンターテイメント化して見せるからです。それならばと、新しいタイプの戦争を作り出してしまったのが本作品。

舞台は旧ユーゴスラビア紛争が解決し、和平協定が結ばれていると想定した未来のボスニア。平和維持活動中の米兵士が図らずもエネミーライン(敵の前線)に入り込んだことから起こる戦争を、趣向を凝らしたアクションで描くとともに、複雑な政治情勢や、戦争介入を繰り返す米軍内部へ深く切り込んでいます。

社会派アクションとでも形容しようか。いつかどこかで起こり得る戦争へ警鐘を鳴らす、ユニークな視点で捉えられた戦争映画です。

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【ストーリー】
バルカン半島沖で平和維持活動を行なう米海軍の原子力空母の戦闘パイロット、バーネット(オーウェン・ウィルソン)は偵察飛行中、不審レーダーを追跡して偵察区域外のボスニア上空へ向かいますが、突然ミサイルで撃墜され、敵陣へ墜落してしまいます。
犯人のセルビア人民軍に追われるバーネットは米軍に救助を要請しますが、協定を破るエネミーライン(敵の前線)に入ることで和平が崩れることを懸念したNATO軍の妨害にあい、自力で安全地帯まで行くよう諭されます。

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バーネットのエネミーラインからの脱出を困難にしたのは、敵のセルビア兵士の存在だけでなく、和平維持に務める米軍サイドの思惑もありました。

救うべきは1人の自国の兵士の命か、再び戦争が始まればその犠牲になると思われる大勢の人々の命か。いかにも強国アメリカらしい壮大な発想を、繊細な人間ドラマと細部まで緻密に計算されたアクションで引き締めています。

孤軍奮闘するのはバーネットだけではありません。空母内で彼の救助をめぐり、NATO軍や指揮官としての己の立場と葛藤するレイガート司令官(ジーン・ハックマン)も然りです。

オフビートなコメディでならしたオーウェン・ウィルソンが、孤独な戦いを明敏な頭脳と強靱な精神力で制するバーネット役で新境地を開拓する一方で、レイガート役のジーン・ハックマン重厚な存在感を示しています。

冒頭で、バーネットの退役をめぐり、軍人としての価値観の違いを示した2人が、無線を通した会話のみで信頼関係を築く姿もストーリーの重要な核になります。

地雷原を疾走したり、虐殺された人々で埋まった泥沼を這いつくばったり、まるで障害物レースのような逃走劇の果てに、悲惨な民族紛争の傷痕平和維持をめぐる多国籍軍の醜い内紛などが見えてきます。

CMクリエーターとして活躍していたジョン・ムーアの監督デビュー作。手持ちキャメラで緊迫感を伝え、スローモーションで死に行く者の驚愕の表情を捉え、微速度撮影によりアクションの衝撃度を体感させるなど、単に派手というだけではない、ドラマチックな演出が冴え渡ります。

ハリウッドが得意とする娯楽アクションを逆手にとり、21世紀になっても一向に和平への糸口がつかめない世界情勢を風刺したユニークな戦争映画です。

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本作の公開から20年以上経った今、ロシアのウクライナ侵攻により、戦争の兆しが見えています。文明が飛躍的に進歩した21世紀に、これほど戦争が身近になるなんて! 平和の祭典オリンピックの意義は何だったのでしょうか? 今、この瞬間も戦禍の中で怯えている人々がいるかと思うと、本当にいたたまれません。他国が一丸となり、早急に平和的に解決してくれることを祈るばかりです。


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すばらしき世界(2021)

元受刑者の険しくも、温もりに溢れた更生の道のり
現代社会を作る人間の真実を鋭く見つめた問題作

刑務所を出所した元・殺人犯の男が踏み出した日常世界。そこは“すばらしき世界”だったのでしょうか?

蛇イチゴ』『ディア・ドクター』の西川美和監督が、『復讐するは我にあり』の直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』をベースに、人間社会の現実や矛盾、問題をあぶり出しています。

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【ストーリー】
殺人を犯して、旭川刑務所に服役していた三上正夫(役所広司)は13年の刑期を終えて出所しました。上京した三上は身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)と妻の敦子(梶芽衣子)に温かく迎えられ、涙を流し、「今度こそカタギになる」と胸に誓います。
下町のおんぼろアパートで、意気揚々と新生活をスタートさせた三上でしたが、刑務所で習得したミシンの技術を活かせるような仕事はなかなか見つかりませんでした。三上は生活保護を申請せざるを得ない自分のふがいなさに倒れてしまうほど落ち込み、思うようにならない現実に苛立つこともしばしばでした。
一方、テレビの制作会社を辞めたばかりの青年、津乃田(仲野太賀)は、やり手のテレビプロデューサー、吉澤(長澤まさみ)から三上への取材を依頼されます。三上は4歳で生き別れた母親を探すため、人探しのテレビ番組に自身の身分帳を書き写したノートを送っていました。身分帳とは、受刑者の経歴を記した個人台帳のようなもので、そこには三上が10代半ばから暴力団に関わり、人生の大半を刑務所で過ごしてきた壮絶な過去が書かれていました。
吉澤は更生した殺人犯と母親との再会を感動のドキュメンタリー番組に仕立てようとしていたのです。

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三上の更生の過程を通して描かれるのは、“誠実”に生きることの大切さ。本当の三上は実直で情に厚く、正義漢。道を誤ってしまったのは、親の愛を知らずに育った幼少期の哀しい経験から自暴自棄になり、負の感情をうまくコントロールできなくなってしまったからでしょう。

短気で荒っぽい面もあるけれど、“正しい”と納得したことを貫く三上を人間味あるキャラクターに仕上げ、彼と関わる人々を通して、多彩な人間の真実を描き出した西川監督の脚本が素晴らしいです。

中途半端に生きる津乃田の葛藤、視聴率のために三上を見せ者にする吉澤の本音、三上の更生に尽力する庄司夫妻の温情、三上の人間性を信じたスーパーマーケットの店長の公平な目など、元受刑者をめぐり、さまざまな反応を見せる人々の姿がリアル過ぎて、人間という複雑な存在について、思わず考え込んでしまいます。

誰もが“生き辛い社会”と言うけれど、それは私たち、人間が作り出したものなのです。

本作で特筆すべきは、三上を演じた役所広司の素晴らしさ。きつい訛りを完璧に身に着けた役所は三上という男の役柄を“作った”のではなく、まさに“生きている”。不遇な過去を乗り越え、社会から排除されても懸命に生きようとする三上を心の底から応援したくなります。

けれど現実は厳しい――。あっと驚く結末まで、“すばらしき世界”とは何かを問いかける西川節が冴えわたっています。


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素晴らしき世界(上) (講談社文庫)


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