映画の中の人生 ~50歳からの人生設計~

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すばらしき世界(2021)

元受刑者の険しくも、温もりに溢れた更生の道のり
現代社会を作る人間の真実を鋭く見つめた問題作

刑務所を出所した元・殺人犯の男が踏み出した日常世界。そこは“すばらしき世界”だったのでしょうか?

蛇イチゴ』『ディア・ドクター』の西川美和監督が、『復讐するは我にあり』の直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』をベースに、人間社会の現実や矛盾、問題をあぶり出しています。

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【ストーリー】
殺人を犯して、旭川刑務所に服役していた三上正夫(役所広司)は13年の刑期を終えて出所しました。上京した三上は身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)と妻の敦子(梶芽衣子)に温かく迎えられ、涙を流し、「今度こそカタギになる」と胸に誓います。
下町のおんぼろアパートで、意気揚々と新生活をスタートさせた三上でしたが、刑務所で習得したミシンの技術を活かせるような仕事はなかなか見つかりませんでした。三上は生活保護を申請せざるを得ない自分のふがいなさに倒れてしまうほど落ち込み、思うようにならない現実に苛立つこともしばしばでした。
一方、テレビの制作会社を辞めたばかりの青年、津乃田(仲野太賀)は、やり手のテレビプロデューサー、吉澤(長澤まさみ)から三上への取材を依頼されます。三上は4歳で生き別れた母親を探すため、人探しのテレビ番組に自身の身分帳を書き写したノートを送っていました。身分帳とは、受刑者の経歴を記した個人台帳のようなもので、そこには三上が10代半ばから暴力団に関わり、人生の大半を刑務所で過ごしてきた壮絶な過去が書かれていました。
吉澤は更生した殺人犯と母親との再会を感動のドキュメンタリー番組に仕立てようとしていたのです。

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三上の更生の過程を通して描かれるのは、“誠実”に生きることの大切さ。本当の三上は実直で情に厚く、正義漢。道を誤ってしまったのは、親の愛を知らずに育った幼少期の哀しい経験から自暴自棄になり、負の感情をうまくコントロールできなくなってしまったからでしょう。

短気で荒っぽい面もあるけれど、“正しい”と納得したことを貫く三上を人間味あるキャラクターに仕上げ、彼と関わる人々を通して、多彩な人間の真実を描き出した西川監督の脚本が素晴らしいです。

中途半端に生きる津乃田の葛藤、視聴率のために三上を見せ者にする吉澤の本音、三上の更生に尽力する庄司夫妻の温情、三上の人間性を信じたスーパーマーケットの店長の公平な目など、元受刑者をめぐり、さまざまな反応を見せる人々の姿がリアル過ぎて、人間という複雑な存在について、思わず考え込んでしまいます。

誰もが“生き辛い社会”と言うけれど、それは私たち、人間が作り出したものなのです。

本作で特筆すべきは、三上を演じた役所広司の素晴らしさ。きつい訛りを完璧に身に着けた役所は三上という男の役柄を“作った”のではなく、まさに“生きている”。不遇な過去を乗り越え、社会から排除されても懸命に生きようとする三上を心の底から応援したくなります。

けれど現実は厳しい――。あっと驚く結末まで、“すばらしき世界”とは何かを問いかける西川節が冴えわたっています。


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素晴らしき世界(上) (講談社文庫)


素晴らしき世界(下) (講談社文庫)