アトランティスの心(2001)
スティーブン・キングの子ども時代を投影した幻の国の物語
子どもから大人へ向かう少年の心の旅を穏やかに見つめる
子どもの頃、厳しく後ろ暗い現実の一面を垣間見た瞬間、幼心に切なさや痛みを感じた経験はないですか?
遥か昔、海底に沈んだとされる幻の帝国アトランティスを引用したタイトルは、子ども時代を形容しているそうです。すなわち、楽しいことばかりある子ども時代は幻の国。時が過ぎ行き、大人になれば幻と消える――。
ホラー小説の鬼才、スティーブン・キングが1999年に発表した原作は、彼自身の子ども時代を投影したと言われています。11歳の少年ボビーが幻の国を後にするきっかけとなる、ひと夏の不思議な出来事が描かれます。
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【ストーリー】
50歳の写真家ボビー・ガーフィールド(デイビッド・モース)は少年時代の親友サリーの葬儀に出るために故郷に戻ります。そこで彼らと仲良しトリオを形成し、初恋の相手でもあったキャロルの死を知ったボビーは、深い喪失感の中で、廃虚になったかつての我が家を訪れ、少年時代を回顧します。
11歳の夏、母子家庭のボビー(アントン・イェルチン)は苦しい台所事情を理由に、誕生日にさえも母親リズ(ホープ・デイビス)に自転車を買ってもらえませんでした。若くて美しいリズは自分の最新流行のドレスにはお金をつぎ込んでいるにもかかわらず……。
そんなある日、ボビーの家の2階に下宿人がやって来ます。カバンひとつで現われたのは、身なりのきちんとした物静かな老人テッド(アンソニー・ホプキンス)。仕事で帰宅の遅いリズを待つ間ひとりぼっちのボビーがテッドと親しくなるのは時間の問題でした。
週1ドルをもらう代わりに、目の悪くなったテッドに新聞を読み聞かせはじめたボビーは次第に知的で思慮深いテッドを慕うようになります。ふたりは歳の離れた友人として交流を深めていきますが、リズはまるで世間から身を潜めるように暮らすテッドに眉をひそめます。
ボビーがキャロルやサリーとカーニバルに行く日のこと、窓辺に佇むテッドの体が硬直しているのを見つけたボビーは慌てて彼に取りすがります。すると、テッドはその穏やかな形相を一変させ、ボビーに掴みかかったかと思うと「二度と私の体に触ってはいけない」と荒々しい言葉を投げかけます。
テッドの体に触れたボビーにすぐに異変が表われます。ほんのしばらくの間でしたが、未来のことが見えるようになったボビーはテッドに備わる不思議な力に気付きはじめます。
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時は1960年代、舞台は緑豊かな自然に囲まれたアメリカの田舎町。気の合う仲間たちと戯れる日常がすべての子どもたちの姿や、全編に途切れることなく流れるアメリカン・シックスティーズの名曲により、否が応でもノスタルジックな郷愁を掻き立てられます。
甘酸っぱさとほろ苦さを伴う子どもの成長物語といえば、キングの代表作『スタンド・バイ・ミー』が思い出されますが、本作はキング特有のファンタジーミステリーの趣きがあり、『グリーンマイル』に通じる、やるせない結末が用意されています。
でも、それが大人になることなのでしょう。ボビーと予知能力を持つ謎の老人テッドとの出会いと別れを『シャイン』のスコット・ヒックス監督が穏やかに見つめ、子どもから大人へ向かう少年の心の旅をナチュラルに描き出しました。
タイトルが象徴する含蓄あるセリフの数々をちりばめた、ウィルアム・ゴールドマンの脚本はさり気ないですが胸を打ち、単なる懐古趣味に留まるのではなく、今現在、〈果たして子どもを啓蒙できる大人になっているのだろうか〉と自問せざるを得ない気持ちにさせられます。
アンソニー・ホプキンスがキング作品に初登場し、不思議な物語に説得力を持たせています。ボビーの少年時代を演じるのは、公開当時、天才子役として注目を浴びていた11歳のアントン・イェルチン。老練なアンソニー・ホプキンスを相手に自然体の演技で際立った個性を放っています。