映画の中の人生 ~50歳からの人生設計~

人生に迷えるアラフィフ女性が、映画を通して人生について考える。ネタバレなしの映画レビューサイト。

バベル(2006)

永遠にバベルの塔を建て続ける人間たちへ
メキシコの俊英イニャリトゥ監督が見せる世界の現実

はるか昔、言葉は一つだった。しかし、人間が神に近づくために天にまで届く高い塔を建てようとしたとき、神は人間の驕りに怒り、言葉を乱し、世界をバラバラにした――。

これは旧約聖書の創世記に記されたバベルの街の伝説です。世界がバラバラになったのは、驕りたかぶった人間への天罰だという。

それならば、未だ現在、世界に争いが絶えず、人々が協調できないでいるのも天罰なのでしょうか? 伝説では未完に終わったバベルの塔。しかし、現実の人間たちは、性懲りもなくバベルの塔を建て続け、驕りを増長させていったのではないのでしょうか?

傲慢さや利己主義により、周囲が見えなくなっている人の実に多いこと。他者を理解しようとしない人々の作る世界が、どんな悲劇を呼ぶのか。メキシコの俊英アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がモロッコアメリカ、メキシコ、日本の家族をとおして、鮮やかに描き出しました。

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【ストーリー】
ロッコの山間の村で、家畜を守るためにライフルを与えられた少年が、遊びで銃弾を撃ち、観光バスに乗っていたアメリカ人夫婦の妻スーザン(ケイト・ブランシェット)が負傷してしまいます。
アメリカでは、帰国できない夫婦の家を守るメキシコ人乳母アメリア(アドリアナ・バラッザ)が息子の結婚式に出たい一心で、夫婦の幼い二人の子供をメキシコへ連れて行きます。
日本では、耳の不自由な女子高生チエコ(菊地凛子)がライフルの書類上の所有者である父(役所広司)を訪ねてきた若い刑事(二階堂進)と出会います。

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これら銃撃事件がもたらした4つの物語が並行して描かれるのですが、ここに登場する人々の行動に多くのことを考えさせられます。

ロッコの少年とその家族の物語からは、過酷な山間の村に生きる人々の貧困と無知。モロッコの砂漠の村で応急措置しかできず、苛立つ夫リチャード(ブラッド・ピット)の姿を描いたアメリカ人夫婦の物語では、言葉の通じない現地人と、言葉の通じるバスの観光客やアメリカ政府の対照的な対応が興味深いです。人間を隔てる壁は、言葉ではなく心の問題なのだと気づかされます。

アメリアの物語はアメリカとメキシコが抱える問題を浮き彫りにします。アメリアが責任感から子供たちを連れ出したことをアメリカ人は信じようとしないのです。

そして、日本。チエコが象徴するのは深い孤独に苦しむ人間の姿。母の自殺や父との溝、健常者のみならず、同じ障害を持つ友達からも疎外感を感じたチエコが、最後にすがったのが若い刑事。彼に好意を伝えるために体を差し出そうとするチエコの姿は本当に切ない……。

自分の身に置き換えて考えられることもあれば、厳しい世界の現実に驚くしかないこともあります。悲劇的な世界を回避するために、人とつながる方法を探し求めたイニャリトゥ監督は〈まずは家族の絆から〉という結論を出します。

でも、それだけではないはずです。世界の現状と、人々の反応をじっくりと自分の目で確かめ、自分なりの結論を出してほしいです。

公開時、日本では日本が舞台に選ばれたことや日本人俳優が出演していることで、本作は好意的に受け止めていましたが、そんな日本人はラストシーンで激しいショックを受けるでしょう。イニャリトゥ監督の目は厳しいです。


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ワイルド・スピード(2001)

スリリングなストリートレースが斬新!
超人気カーアクション映画シリーズの第1作

『ザ・スカルズ/髑髏の誓い』(’00年)のポール・ウォーカー、『ピッチ・ブラック』(’00年)のヴィン・ディーゼルら、当時新進気鋭の若手俳優たちが最新鋭のデジタル技術を駆使したワイルド・スピードなカーアクションを展開。無謀なストリートレースを繰り広げる若者たちのファンキーでクレイジーなノリが受けて、世界的な大ヒットを記録しました。

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【ストーリー】
高級車を運送するトラックを狙う連続襲撃事件が発生します。犯行グループと目されたのは違法なストリート・カーレースのスター、ドミニク・トレット(ヴィン・ディーセル)とその仲間たち。ロス市警の警察官、ブライアン・オコナー(ポール・ウォーカー)はおとり捜査で手柄を挙げて刑事に昇格しようと、車の改造屋を装いドミニクに近づきます。
しかし、命をかけたカーレースをともに経験し、ドミニクとブライアンは次第に友情を深めていきます。さらにブライアンはドミニクの妹ミア(ジョーダナ・ブリュースター)を愛するようになりますが……。

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トヨタスープラや、日産のスカイラインGT-RマツダマツダRX-7など、日本製のスポーツカーも参戦したストリートレースシーンは見応えたっぷり! 最新デジタル技術を駆使し、加速時の車の内部構造を視覚化した映像はまるで運転席にいるような臨場感を生み出し、カーアクションに新たな方向性を見出しました。

ストーリーはドミニクが本当に犯人なのか?という点で最後まで興味をつなげますが、犯罪アクションというよりは若さはじける青春ドラマといった仕上がりのため、タイトルから容易に連想できる、見せ場の連続に酔いしれるのが一番の楽しみ方です。

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【『ワイルド・スピード』シリーズの歴史】

『ワイスピ』の愛称で呼ばれる本シリーズは、今年2023年5月、ついに10作目『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』が公開されます。製作面での紆余曲折を経て、20年以上にわたる超人気シリーズとなったことはとても感慨深いです。

2作目『ワイルド・スピードX2』(’03年)では、前作のロブ・コーエン監督と主人公の1人、ヴィン・ディーゼルが降板。3作目『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(’06年)では、もう一人の主人公、ポール・ウォーカーが降板。1作目とはまったく雰囲気の違う作品になってしまいました。

ただし、3作目の舞台は東京ということで、すでに国際派スターだった千葉真一に続き、妻夫木聡真木よう子など、多くの日本人俳優たちがハリウッド進出を果たすことに。当時はまだ無名だった北川景子はワイルドな女子高生役で出演しており、今、見返すととても新鮮でしょう。

4作目『ワイルド・スピード MAX』(’09年)では、1作目の主演コンビ、ポール・ウォーカーヴィン・ディーゼルが復帰、共に人気スターとなっていた2人の再共演で作品のスケールは格段にアップしました。以降、ドウェイン・ジョンソンやジョイソン・ステイサムらアクションスターも出演する豪華なアクション大作となっていきます。

しかし、7作目『ワイルド・スピード SKY MISSION』(’15年)では、撮影中にポール・ウォーカーがプライベートでの交通事故で亡くなってしまうという悲しい出来事がありました。(映画は脚本を変更し、彼の兄弟であるケイレブとコーディが代役を務めて完成されました。)

私は3作目まではリアタイで観ていたのですが、4作目で脱落し、前作の9作目『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』(’21年)で15年ぶりに本シリーズを観たところ、過激なアクションシーンがノンストップで続く、とてつもないアクション映画になっていて、とても驚きました。

1作目のストリートレースで興奮する若者たちがかわいらしく見えるほど、とんでもないアクションの連続なのですが、疾走感は半端ありません! 最新作も「そんなバカな!」という、ありえないアクションばかりなのでしょうが、どこまで突き抜けているのか興味もあります。

シリーズの立役者、御年55歳のヴィン・ディーゼル頑張りにも注目です。


ワイルド・スピード【Blu-ray】 [ ヴィン・ディーゼル ]

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ワイルド・スピード】シリーズ最新作が公開!

wildspeed-official.jp

小さな命が呼ぶとき(2010)

難病の我が子を持つ父親が起こした奇跡
どんな困難でも克服できると信じさせてくれる希望の物語

治療薬がなく、いずれ死に至る難病の子供2人を持つ父親が治療薬開発の先頭に立つ――。
我が子を思う父親の凄まじい執念が不可能を可能にした奇跡の実話を映画化です。

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【ストーリー】
ジョン・クラウリー(ブレンダン・フレイザー)は妻アイリーンや3人の子供たちと仲睦まじく暮らしていますが、8歳の長女メーガンと6歳の次男パトリックは生まれつきポンぺ病を患っていました。
ポンぺ病とは、徐々に全身の筋肉が動かなくなる不治の病で、2人の子供たちはすでに自力歩行が出来ない状態でした。平均寿命は9年で、メーガンは何度も呼吸停止の危機に見舞われます。
有効な治療薬が無い中、ジョンはインターネットで見つけたポンぺ病研究の第一人者、ストーンヒル博士(ハリソン・フォード)に会いに行きます。博士は「残された時間を子供と過ごすよう」助言しますが、そこにはポンぺ病研究が医療界で冷遇視されている事情がありました。
ポンぺ病は希少性のために治療薬には利益が見込めず、開発に投資する企業はなかったのです。ジョンは実験費50万ドルを用意すると約束し、孤高の博士に最後の希望を託します。
もちろん、一介のビジネスマンのジョンに50万ドルを用意する力はありませんでしたが、知人たちと共にポンぺ病財団を設立し、なんとか9万ドルの寄付を集めます。すると博士はバイオ・テクノロジーベンチャー企業を共同で設立しようと提案します。

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我が子のために一心不乱に突き進むジョン、難病にもめげず強く逞しく生きるメーガンなど、クラウリー家の面々は実に人間的で魅力的です。

物語の中心になるのは、難病と闘う子供のいたいけな姿ではなく、彼らを救おうとする大人たちの前向きな姿。死ぬまでの過程を描く難病ものの定番とは一線を画し、生きるための挑戦を描く本作には勢いと明るさがあり、物語は弾むように進んでいきます。

個人が大企業を動かし、偉業を成し遂げる過程が実にリアルに描かれ、見応えたっぷり。さまざまな困難を乗り越えて行くジョンの行動力には驚くばかりですが、この物語が素晴らしいのは、ジョンの熱意を科学者や事業家が利害を超えて支えたことにあります。

不可能なことなど何もない、と信じさせてくれる希望に満ちた物語です。


小さな命が呼ぶとき【Blu-ray】 [ ブレンダン・フレイザー ]

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ブレンダン・フレイザーについて一言】

本作で主演の1人を務めたブレンダン・フレイザーは、最新主演作『ザ・ホエール』(’22年)で、今年(2023年)のアカデミー賞主演男優賞を受賞しました。

ブレンダン・フレイザーといえば、エジプトを舞台にしたアクションアドベンチャー大作ハムナプトラ』(‘99~08年)シリーズで勇敢なヒーローを好演し、一躍主演級のスターとなりましたが、『ハムナプトラ』のイメージが強いためか、アクションやコメディ、ファンタジー映画への出演が多くなりました。本作のようなヒューマンドラマは珍しく、公開時、私は彼の出演に意外な印象を受けました。もちろん、とても良い演技をしていました。

しかし、本作以降は、それまでの路線に戻り、本国であまりヒットしなかったからなのか、彼の映画を日本で観る機会がなくなりました。だから、私は「ブレンダンは消えてしまったのかな?」なんて思っていたのですが、『ザ・ホエール』で見事に復活を果たしました。そして、ブレンダンが過去にセクハラ被害を受け、心身の不調をきたしたため、映画製作から遠ざかっていたことが明かされました。

『ザ・ホエール』は、過去の辛い経験から過食に走り、体重272kgの巨漢になり、死を覚悟した男性の最後の5日間を描いたヒューマンドラマです。死を望むかのように、自らの身体を痛めつける男性の姿は衝撃的ですが、そうせざるを得ないほどの男性の苦悩と葛藤が次第に明らかになり、胸に迫ります。ブレンダン・フレイザーは特殊メイクやファットスーツで275kgの男性になり、アカデミー賞受賞も納得の渾身の演技を見せています。

辛い経験を味わった人が立ち直り、活躍する姿は本当に励まされます。ブレンダンにはこれからも頑張ってほしいです!

『ザ・ホエール』2023年4月7日より公開

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ベンジャミン・バトン 数奇な人生(2008)

ブラッド・ピットの好演が光る、美しくも哀しいヒューマンドラマ
数奇な運命をひたむきに生きる男の姿が深い感動を呼ぶ

幸せや不幸を経験するうちに、誰もが一度は考えるのではないでしょうか。「生きるとはどういうことなのか」。本作は、そんな根本的かつ難解な問題と真摯に向き合ったヒューマンドラマ。80歳で生まれ、年を取るごとに若返るという数奇な運命を背負った男の生き様から、より良い人生を送るために大切なことが分かるはず。

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【ストーリー】
1918年、第1次世界大戦終結に沸くニューオーリンズに80歳の赤ん坊が生まれるシーンから物語はスタート。出産と同時に母親が亡くなると、父親は老人の姿をした息子を恐れ、老人ホームの前に置き去りにしてしまいます。
しかし、幸いにも、ホームを取り仕切る黒人女性クイニーに引き取られた赤ん坊は、ベンジャミンと名づけられ、ホームで暮らすことになります。同じような老体と豊かな人生経験を持つ老人たちに囲まれた生活は、ベンジャミンにとって奏功します。特異な彼を偏見の目で見る者は誰もいません。
献身的な愛を注ぐクイニー、間近な死を予感しつつも穏やかに生きる老人たち、ベンジャミンを一人前の男として扱った粋な黒人紳士、そして初めての友達となった少女デイジーら、寛容な人々の心に触れたベンジャミンは、自らの運命を嘆くことなく、静かに受け入れて成長します。
しかし、驚くべきことに年を取るごとに若返り始めたベンジャミンは、自分の人生を生きるためホームから旅立つのです。

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勇敢な船乗りたちとの冒険、夢をあきらめない女性スイマーとの魅惑的な恋、自分を捨てた実父とのほろ苦い再会など、さまざまな人々の生き方を通し、人生を学んでいくベンジャミンの姿が描かれます。

その数奇な人生の核となるのは、幼なじみのデイジーとの出会いと別れ。正反対に年を重ねる二人が紡ぐラブストーリーは、夢のように美しくも哀しい……。

死と向き合う少年時代を乗り越えたベンジャミンには、若返りという、さらに過酷な未来が待ち受けます。生きる喜びと辛さを抱えながら、それでもひたむきに生きようとするベンジャミンの姿に深く心を動かされます。

F・スコット・フィッツジェラルドによる短編小説を、『セブン』『ファイトクラブ』のデヴィッド・フィンチャー監督が映画化。80年にわたるベンジャミンの生涯をじっくり描き、二度と戻らない時間の残酷さと大切さを繰り返し伝えたフィンチャー監督は、これまでの作風を一変させ、一瞬一瞬を大切に生きていこうと思わせる感動作を生み出しました。

ベンジャミンを演じるブラッド・プットは、抑制をきかせ、観る者の胸に迫る名演を見せています。幼くして人生を達観したベンジャミンが静かに語る人生訓も心に染みます。


ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [ ブラッド・ピット ]


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ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY(2022)

美しく、圧倒的な歌声が胸を熱くする
数々の名曲を遺したホイットニー・ヒューストンの生涯

私が初めて好きになった洋楽アーティストはホイットニー・ヒューストンです。デビューアルバム『そよ風の贈りもの』(‘85年)、セカンドアルバム『ホイットニーII〜すてきなSomebody』(’87年)は名曲揃いで、それまで日本のアイドル歌謡にどっぷり浸っていた平凡な女子高生の私は、ポップでエモーショナルなホイットニーの楽曲が醸し出す大人の世界に酔いしれ、夢中になって聴いていました。

ホイットニーの初主演映画『ボディガード』(‘92年)のサントラ盤も大好きでした。でも、この後、何となく聴かなくなってしまい、ホイットニーに対してはR&B歌手のボビー・ブラウンと結婚後、トラブルが続き、苦労していたのは知っていたのですが、まさか48歳の若さで亡くなってしまうなんて! 本当に驚きました。

本作は、急逝から10年を経て製作された、ホイットニーのデビュー前から亡くなるまでの足跡をたどった伝記映画です。早逝したスターたちと同様、類い稀なる美声を持ち、「The Voice」と呼ばれた稀代の歌姫もまた、輝かしい栄光と引き換えに苦悩の人生を歩んでいたことがわかります。

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【ストーリー】
映画は、1994年、人気絶頂のホイットニー・ヒューストン(ナオミ・アッキー)がワールド・ミュージック・アウォードのステージへ向かうシーンで幕を開けます。そして、まさに歌おうとした瞬間、ホイットニーの少女時代へと戻り、彼女の人生を辿っていきます。
10代の頃、不仲の両親が怒鳴り合う姿に心を痛めていたホイットニーは家を出て、女友達のロビン・クロフォード(ナフェッサ・ウィリアムズ)と暮らし始めます。
幼い頃から、聖歌隊でソロを務めるほど、抜群の歌唱力を誇ったホイットニーは歌手の母シシー(タマラ・チュニー)の代わりに立ったステージで、敏腕プロデューサーのクライヴ・デイヴィス(スタンリー・トゥッチ)の目にとまります。そして、アリスタ・レコードと契約、念願の歌手デビューを果たします。
1985年にリリースしたデビューアルバム『そよ風の贈りもの』が爆発的なヒットを記録し、ホイットニーは瞬く間に人気歌手となりますが、黒人でありながら、R&Bのようなブラックミュージックではなく、ポップスを歌っていることに批判的な声も少なくありませんでした。
また、ホイットニーはプロデューサーとして彼女を支えていたロビンと恋仲になっていましたが、スキャンダルを恐れる周囲の人々によって、ロビンとの別れを余儀なくされます。

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ボヘミアン・ラプソディ』(’18年)の脚本家アンソニー・マクカーテンが手掛けたストーリーはホイットニーの光と影ドラマチックかつ、わかりやすく伝えてくれます。

ホイットニーは多くのデモテープの中から自身で楽曲を選んでいたようですが、自ら「歌いたい」と思った楽曲が同胞の黒人たちから思わぬバッシングを受けてしまったこと、ホイットニーが一番望んでいたのは温かい家庭だったこと、ホイットニーを不安定にさせたのが、トラブルの元凶とされた夫のボビー・ブラウンだけではなかったこと、そして、麻薬に溺れたホイットニーを献身的に支えた人々がいたことなど、知られざるホイットニーの姿が明らかになります。

世界的歌手なっても、良き妻・母でいようとしたホイットニーはままならない状況に苦しみ、麻薬に逃げ、低迷することに。それでも、二人三脚で歩んできたプロデューサーのデイヴィス、元パートナーのロビンや母シシー、最愛の娘ボビー・クリスティーナらに励まされ、再び歌う意欲を取り戻したホイットニーはグラミー賞の授賞式へ向かおうとしますが……。

映画に描かれたホイットニーの最後の日の出来事はフィクションの域を出ませんが、本作を観ると、改めて残念で哀しくなります。彼女には手を差し伸べてくる人々がおり、決して孤独ではありませんでした。だから、彼女の不慮の死は防げたのではないかと思うのです。

衝撃的な死から一転、ラストシーンでは、再びワールド・ミュージック・アウォードのステージシーンになり、ホイットニーの伝説的なパフォーマンスがよみがえります。ホイットニーの全盛期と言われる、とっておきのステージを核にして、巧妙に練り上げられたマクカーテンの脚本が見事です。それまでの伏線が回収され、ホイットニーが歌に託した強い思いがわかると、涙なくしては見られません。

本作の最大の見どころは、ホイットニーの歌唱シーンには、ほぼホイットニー自身の歌声が使われていること。ホイットニー・ヒューストン財団の協力の下、ホイットニーのライブ音源をたっぷり聴くことができ、まるで本当にホイットニーのライブに行ったような気分になります。

ホイットニーの名曲を聴くためだけにこの映画を観ても、まったく損はありません。私は約30年ぶりにホイットニーの歌をじっくり聴きましたが、やっぱり名曲揃いです。特に流麗な旋律の名バラード『Greatest Love Of All』が大好きで、久々に聴いて胸が熱くなりました。

ホイットニー役に大抜擢されたのは、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』のナオミ・アッキー。ホイットニーの元プロデューサー、クライヴ・デイヴィスが製作陣に名を連ねています。

ホイットニーの半生の映画なんて、本当は観たくなかった。エンドロールで数々の偉業を紹介した後、彼女の在りし日の姿が流れると、無念の涙がこみ上げました。

ホイットニー・ヒューストン I Wanna Dance with Somebody

グレイテスト・ショーマン(2017)

ミュージカル映画スペシャリストが結集
勇気と活力がわいてくる“史上最大のショー”

ラ・ラ・ランド(’16年)で注目を集めた音楽チーム、ベンジ・パセック&ジャスティン・ポール、レ・ミゼラブル(’12年)で圧巻の歌唱を披露したヒュー・ジャックマン『シカゴ』(’02年)の脚本家ビル・ゴンドンなど、現代を代表する名作ミュージカル映画を生み出したスペシャリストたちが結集した本作は、まさにエンターテイメントのパワーに圧倒される、迫力満点のミュージカル映画となっています。

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【ストーリー】
P.T.バーナム(ジュー・ジャックマン)は19世紀半ばのアメリカで、ショービジネスの原点を築いた興行師。彼は、ひげの生えた女性や、低身長の成人男性など、“オンリーワンの個性”を持つ人々をパフォーマーにした、前代未聞のショーを発案し、大成功を収めます。

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ポップでファンタジックな『ラ・ラ・ランド』とは違い、アグレッシブなバーナムのサクセスストーリーを描いた本作は、ハードでダイナミックなナンバーが多く使われています。貧しい出自や特殊な容姿のためにさげすまれ続けたバーナムや、パフォーマーたちの心の叫びを、ヒュー・ジャックマンら実力派の俳優たちが渾身のパフォーマンスで伝えます。

ミュージカル女優キアラ・セトルがひげの生えた巨漢の女性に扮し、「これが私!」と高らかに歌う「This Is Me」は、特に心に響きます。

上流階級への憧れから、さらなる成功を求めたバーナムは、大切やパフォーマーや最愛の家族を蔑ろにし、挫折を味わいますが、独特のアイデア華麗に復活します。

差別や偏見、失敗の苦しみを乗り越えた、バーナムやパフォーマーたちが繰り広げる主題曲『ザ・グレイテスト・ショー(史上最大のショー)』は、見応えたっぷり!

何かに悩んだり、落ち込んでいたりしたら、ぜひ見てほしい作品です。きっと勇気と活力がわいてくるはずです。


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シェイプ・オブ・ウォーター(2007)

鬼才ギレルモ・デル・トロ監督の究極のラブファンタジー
“愛する者を助けたい”というピュアな想いが奇跡を起こす

ダーク・ファンタジーの鬼才、『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ監督が、そのたぐいまれなる才能を発揮。孤独な女性と異形の生物とのラブストーリーを、夢のように美しくも切ない、究極のファンタジーに仕上げました。

2008年度の第90回アカデミー賞では最多13部門にノミネート。作品賞を含む4部門を受賞しました。

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【ストーリー】
時は1962年。1階が映画館という風変わりなアパートに1人で暮らすイライザ(サリー・ホーキンス)は、アメリカ政府の機密機関である“航空宇宙研究センター”で夜間の清掃員として働いています。
子どもの頃のトラウマから声を出せないけれど、職場と家を往復するだけの生活では特に不便はありませんでした。
ある日、航空宇宙研究センターにものものしい警備のもと、不思議な生物が運びこまれます。アマゾンの奥地で現地の人々に神と崇められていたという、その生物を偶然目にしたイライザは、“彼”(ダグ・ジョーンズ)の奇妙だが、神々しい姿にひと目で心を奪われます。
自分の大好物のゆで卵をあげたり、レコードを持ち込んで音楽を聴かせたり、ダンスを踊ったり……、イライザと “彼”はゆっくりと心を通わせていきます。そして、その生物が生体解剖されることを知ったイライザは、“彼”をセンターから連れ出そうと試みるのです。

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冷戦時代のアメリカの不穏な雰囲気、半魚人のような姿で凶暴な一面も持つグロテスクな“彼”や、内向的でつつましいイライザなど、恐怖と哀愁に満ちた、デル・トロ監督ならではの不思議な物語世界が広がります。

イライザと“彼”との一見、滑稽なラブロマンスに引き込まれるのは、2人はもちろん、彼らを取り巻くキャラクター造詣が豊かだからでしょう。イライザの心優しき友人で、売れない画家のジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)の“絆”を渇望する気持ち、イライザと“彼”を追い詰める威圧的な軍人ストリックランド(マイケル・シャノン)の徹底した恐ろしさなど、脚本も手掛けたデル・トロ監督が、俳優を当て書きしたというキャラクターは、物語に共感とリアリティを与えてくれます。

そして、特筆すべきは映像美。“水”がつなぐ、甘美で幻想的なラブシーンは必見の価値あり。

イライザの“愛する者を助けたい”というピュアな想いが奇跡を起こす波乱のクライマックスまで、デル・トロ監督が生み出した、独創的な映像世界にどっぷりと浸ってほしいです。


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