スネーク・アイズ(1998)
1万4000人の視線の中で起こった暗殺事件
映像がセリフよりも雄弁に真実を語る
代表的なカジノゲームのクラップスでは、最初の一投でふたつのダイスが共に1の目を出したとき、ダイスの振り手に勝利をもたらします。
この1のゾロ目を称して「スネーク・アイズ」といいますが、そんなまさに千載一遇のチャンスに賭けて映像の魔術師、ブライアン・デ・パルマ監督がダイスを振り込みました。
“ヒッチコックの後継者”とも言われたデ・パルマ監督が、密室の出来事を全編ワンシーンのようなキャメラワークで展開させたミステリー『ロープ』の偉業に匹敵する映像手法で、大胆不敵な暗殺事件の謎を投げかけました。
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【ストーリー】
舞台はボクシングのヘビィ級チャンピオンタイトルマッチが開催されるアトランティック・シティ・アリーナ。カジノ街のネオンきらめく背徳の街アトランティック・シティには、折しも驚異的なハリケーンが襲来し、不滅のチャンプの登場を心待ちにした14.000人の観衆のボルテージはいやが上にも盛り上がっていました。
そして、フィルム冒頭から暗殺の瞬間までの13分間にわたる、映画史上初のステディカムによるノンストップ撮影の緊迫感に私たち観る側のボルテージも上昇の一途をたどります。
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この13分間の長回しで、キャメラはアリーナにやって来た汚職にまみれた刑事、リック・サントロ(ニコラス・ケイジ)を執拗に追い続け、彼のはたらく堕落行為や、不滅のチャンプ、タイラー(スタン・ショウ)の舞台裏、幼なじみの出世頭で、国防長官の護衛を指揮するケヴィン・ダン中佐(ゲイリー・シニーズ)との再会などから、物語の人物背景を克明に描き出します。
やがて試合が始まり、試合に不似合いな赤毛の派手な女、そして国防長官の隣りに座った白い服のブロンド娘(カーラ・グジーノ)といったすべての登場人物が私たちの視覚に入ったところで、1発の銃声が鳴り響きます。
リックは謎の赤毛の女を追って、持ち場を離れ、暗殺を阻止できなかったケヴィンを弁護して数々の証言を集めますが、暗殺の瞬間、ノックアウトされたはずのチャンピオンと目が合ったという自ら目撃した唯一の証拠をたよりに、真実の解明に乗り出します。
1万4000人の視線が注がれるボクシング会場で起こった国防長官暗殺事件。しかし、目撃者が多いゆえに、視覚によって歪められた現実が作りだされていくという盲点を変幻自在のキャメラワークを駆使して描いています。
13分間の長回しをはじめ、カジノ・ホテルの監視モニターを利用したスプリット(分割)スクリーン、屋根裏の散歩者よろしく逃走劇をホテルの部屋の天井から見下ろした覗きの構図など、映像のパズルを組み合わせて、暗殺事件の意外な真実を導きだすデ・パルマの手腕は鮮やか。
『殺しのドレス』(80年)『ボディ・ダブル』(84年)など、デ・パルマが初期の代表作で試みた挑戦的な映像手法の集大成として、映像がセリフよりも雄弁に真実を語るという映画本来の意味を取り戻した作品となりました。
最初にダイスの赤い目を振りだすのは果たしてどちらか? デ・パルマからの挑戦状が届けられました。
音楽は坂本龍一が担当しています。